5月26日。市民学芸員の会10周年記念事業、歴史探索が開催されました。

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今回の歴史探索では、現在市民学芸員の会で輪読している「都名所圖會」をバスでめぐりました。

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総勢38名。一般の参加の方も一緒ににぎやかな探索会です。まずは栗東歴史民俗博物館から山科を目指します。

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バスは山科駅でおりて、毘沙門堂を目指します。

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住宅地のなか、緩やかな坂道を登って、毘沙門堂にたどり着きます。

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若葉が鮮やかな門跡寺院。しかしこの日は暑かった。

山科毘沙門堂は文武天皇勅願で僧行基がひらいたと伝える寺院。かつては平安京の御所の北側、出雲路にあり護法山出雲寺といいました。平安京では度重なる戦乱を経て、寛文5年(1665)、山科に再建。後西天皇の皇子公弁法親王が寺に入り門跡寺院になりました。本尊は毘沙門天。伝教大師の自作と伝えます。

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今回の歴史探索のサブタイトルは、『都名所圖會』に栗東の歴史をたどる、です。山科毘沙門堂での「栗東の歴史」ポイントは・・・

栗東の古刹、金勝寺が山科毘沙門堂の末寺であることです。江戸時代の文書には、金勝寺領での権利をめぐる争いの間を毘沙門堂が間を取り持ったことがしるされています。

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毘沙門堂では有名な「動く襖絵」をお寺の方の軽快な案内で興味深く見学。そのあと緑豊かな庭園で癒されました。

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毘沙門堂を後にして山科駅に。

バスで伏見を目指します。

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京都市南東部の伏見は、水運の町で知られます。その良質な地下水で早くから酒造業も盛ん。今回の伏見ではまず1番に、月桂冠大倉記念館を訪れました。

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月桂冠の初代、大倉治右衛門は三代将軍家光の時代に京都の笠置から伏見に出、酒造業を始めました。明治38年には栄光と勝利のシンボル、「月桂冠」が銘柄として生まれます。大倉記念館では酒造りの行程や、酒造の歴史が展示されています。さらにお楽しみ、試飲コーナーも。見学が終わると、大きな樽がならぶ中庭で、市民学芸員により「都名所圖會」の解説がおこなわれました。

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「栗東の歴史」ポイントは・・栗東でも街道沿いの手原で酒造が行われていたこと。博物館には酒造の道具も収蔵されています。


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大倉記念館の後、月の蔵人さんで昼食。月桂冠の酒蔵を改装したゆったりとした空間で、豆腐料理などを楽しみます。

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食後は船場あたりを散策。ここ濠川はかつて伏見城の外濠でした。柳並木からは酒蔵が望めます。

ふたたびバスに乗り最後の見学地、伏見稲荷大社へ。

伏見稲荷は全国のお稲荷さんの総本宮。伝承には、裕福な秦伊呂具が餅を的に矢を射たところ、矢が白鳥となり降り立ち、その峰に稲が生じたことから、稲荷山というようになった、とあります。祭神は、宇賀之御魂大神、佐多彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神で、五穀豊穣、商売繁昌、家内安全、諸願成就の神として信仰されてきました。また、弘法大師空海が稲荷神を勧請した話があるように、平安京の東寺と稲荷大社は密接なかかわりがあります。毎年春の稲荷祭りでも、神輿は東寺に立ち寄ります。

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稲荷大社についた一行は境内で「都名所圖會」にかかれた伏見稲荷について学びます。市民学芸員が「都名所圖會」をよみあげます。

さて、ここでまたまた「栗東の歴史」ポイント。(館学芸員からの補足説明です)
さきほど、稲荷社と東寺の関わりに触れましたが、「都名所圖會」には真言宗の「愛染寺」が描かれています。

明治の神仏分離の際、この愛染寺にあった仏像・仏具が処分される危機にありました。そのとき仏像・仏具の預け先となった寺院のひとつが、栗東の東方山安養寺であったとのことです。

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商売繁盛の神として、にぎわってきた伏見稲荷。しかし最近では別の賑わいが・・境内の千本鳥居が幻想的であると外国人観光客を中心に人気を集めているのです。

しかし今回は盛りだくさんの内容にて、境内散策は、また個人的に・・。

外国人と、学生と、和装の若者にもまれながらバス乗り場に。充実の一日は無事終了しました。