国境から今須宿をめざします。

国道を横切ると、「車返し地蔵尊」の看板がみえてきます。


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室町時代、すでに荒れ果てていた不破の関屋からもれる月の光がに風情があると二条良基がきき、都から牛車でやってきたということです。ところが関守が気を利かせて板庇を修繕してしまったので、二条良基は不破の関の手前で引き返した・・という伝説があるところです。

文和2年(1353)、足利義詮が御光厳天皇とともに美濃に逃れた時、関白二条良基が同行し紀行文『小島のくちすさみ』を書いています。その中で「ふわの関屋はむかしだにあれにければ、かたのやうなる板びさし竹のあみどばかりぞのこりける・・・」と記しています。このほかにも室町時代の日記や紀行文に不破の関屋があれていることがかかれていて、当時の文化人が風情を感じていたことがわかります。荒廃した風情ある不破の関が、そうした伝承をうんだのでしょう。


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 妙応寺へ抜ける隧道

さて今須宿に入ります。

左手には妙応寺へ抜ける国道の隧道があります。今須宿はもともと妙応寺の門前としてさかえたということです。この妙応寺、曹洞宗のお寺で、精進料理を食べさせてくれる寺としても知られています。


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一里塚を通り過ぎ、国道を横切ると峠道に入ります。緩やかな上り坂を登っていくと「今須峠」です。この辺りは今も昔も交通の要衝。中山道と国道、鉄道が交錯しています。


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鉄道の隧道。

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のどかな峠道の風景ですが、昔から難所としてしられていました。

そうしたなかで常盤御前の伝説が生まれます。常盤御前が子の義経を追って東国に向かう途中、今須の山中で寝込み、そのとき盗賊に殺されてしまう。義経は常盤を気にかけ上洛するが山中で常盤の最後を聞き、盗賊を討ったという話。街道沿いには常盤御前を供養する地蔵や、常盤御前の墓所などが言い伝えられています。


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旅人みまもる常盤地蔵。

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常盤御前の墓所を伝える石塔。
ここは広場になっていて、本日の昼食場所となりました。

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山中村の鶯の滝。
さあ、不破の関に向けて出発です。

つづく